レースの距離

先日、FBを眺めていると旧知の元チームメイトが珍しく出てきた。
そこで思ったことをつらつらと書きます。
曰く、レースの距離を伸ばしてもっと厳しいレースがしたい、、、
ロードレースというものの旧来の形は、仰る様に長時間長距離を戦うもので、現在も世界選手権は250キロ以上、三大ステージレースは3週間という途方もない競技時間です。
ただ近年は米国などでクリテリウム形式の短距離ロードレースが頻繁に開催されるようになり、オリンピックもその開催形態の変化でゲーム性の高い短時間で済む競技が重用されるようになって来ています。

話は少し逸れますが、日本でももう15年も前に選手の雇用体制を見直すために「組合」的なものを作るべきだと選手たちが話し合ったことがあります。TOJの時だったかな?
そこでは雇用体制の話はもちろん、当時は競輪界が主体だったプロ自転車選手の、ニッチで低レベルな日本のロード選手が今後どうすべきか?何てことも話し合いました。もちろん自分たちの競技力を上げることが最優先で、それ以外に自分たちの地位を上げることはできないだろうとも。
そこで出てきた真っ先に解決するべき問題は、「スピード」でした。

自転車競技には種々あり、そもそもがスピードを争う競技なのに日本人は短距離でさえ克服していないと問題視していました。当時は競輪選手が世界の舞台で幅を利かせていました。日本は短距離なら世界に誇れる能力がある!というのが常識だったのです。近年はそれがひっくり返り、、、じゃないんです。日本以外のプロ自転車選手で短距離で「食える」世界がなかっただけです。冬場の六日間レースなどはありましたが、あれで一年間は食えませんよね。プロロード界をチラ見してきた経験だけでもそれは明白でしたし、他の欧州レース界を経験してきた選手たちも同意見だったように記憶しています。その経験から当時の日本人に足りないものは「スピード」とレース経験で、その中で切磋琢磨することで基本的な「スピード」を身につけ、欧州に飛び出して「距離」を伸ばすことが、日本の環境を考えると一番の近道なんじゃないかと。
ほどなくしてJBCFのレースはシリーズ化され、年々そのレース数を増やしてきました。全くもって正しい方向ではないかと思います。同時にピラミッドの頂点を高めて土台を大きくするには方法はこれしか存在しないくらいです。
さてでは何が問題か?厳しさをレースに求めるのは競技者、主催者、観客の皆です。
ですが、結局走るのは「競技者」なんですね。
どれだけ環境が整っても走るのは「競技者」なんです。コースが平地でも厳しいレースをしようと思えばできますし、山岳コースでもゆっくり走ればどんな人でも楽に走れるのがロードレーサーです。
クリテリウム形式の平坦コースでも脚と頭を使ってレースを厳しくすることは何回かレースを経験すればできることです。自分の得意なコースじゃないから、自分が狙っているレースじゃないから手を抜くなんてもってのほかです。私も2000年以降ヨーロッパレースとオリンピックを経験した後は自分のために走るのがアホらしくなって、レース中でも後方をヒラヒラ走るなどという今考えればもったいない事を繰り返していました。でもレースで誰かがそれをやってしまうと、少し頭のキレた(自分のことを苛めるのが好きという意味で、ストイックともいう)競技者も楽をすることを覚えてしまいます。=競技力の低下です。そこに待つのは、、、

ま、それでもどんな世界でも主役と脇役という役柄はありますが、結局人生ではそれぞれが主役。言いたいことは出てきますよね。