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SNS

またまたフェイスブックネタです。
先日、私の運営するAVELという自転車店舗の競技者を中心としたチームの練習会の事をFBでアップしました。
弁当ネタ以外はいつもはサイレントの方々が多いので、そもそも書き込みは少ない私のタイムラインなのですが、真っ先に書き込みをしていただいた方がいらっしゃいました。
正直言って競技(走)力という面では高くは無いものしか持っていないチームの面々ですが、真面目に向上心を持って社会人生活や学生生活を送りながらスポーツに取り組んで頑張ってます。
もちろん競技成績も一歩一歩前へ進むことを前提に取り組んでもいます。
有料でも良いとからと私に教えを請いコーチングをしている選手までいます。
書き込みをしてくれた方にはいろんな意図があったのかもしれませんが、その書き込みはどう見ても悪意に満ちた書き込みとしか受け止められないものでした。
SNSは気軽に情報をアップし、それに反応する事ができますが、おそらく私のタイムラインが目に留まり、見た瞬間に何の考えも無く書き込んだのでしょう。
何の考えも無いと言うと語弊があるかもしれません。
ご本人なりの「考え」があったのでしょう。
いつも−少なくとも私のタイムラインに書き込む時はー「オーガナイザー」と書き込んでらっしゃるので、自転車レースを運営していることに誇りも持っている。
オーガナイザーって大変ですよね。
選手を走らせる環境を整え、地元の方々との折衝、スポンサー集め、etc.etc.、、、
選手を強く、大会の権威も上げたい。そういう欲も出てくる。
本当に大変です。
が、それ以前にスポーツは、それを行う夫々が満足のために行うものです。
各々が満足できなければ、周りの者も満足できないでしょうし、幸せになれません。
自分が犠牲になってるから周りの者が幸せになれるんじゃない。
自分を幸せにする事ができて初めて周りも幸せになるんじゃないか?
自転車競技は人生そのもの。
個があって他があってそして全がある。
個々の価値が全体の価値を高める。
個の価値が落ちれば全の価値も落ちるのは必然。

SNSでは個は他を攻撃することをディすると言いますが、それが全て悪いとか避けなければならないものかというと、そうではないと思う。
ちなみにDisrespectはre(再び)-spect(見る)の反対語(dis-)です。
「二度見しない」=「スルー」ということに繋がるんでしょうか(笑)?

思いや愛のある個のディスりは二度見する価値がありますが、それが無ければ集団という全にも入る価値の無い個となり、村八分となることもあります。

今回少し嫌な思いはしましたが、それ以上にいろんな方々が私をたすけてくれたことが非常に嬉しかった。
ある意味そういう価値はあったのかなと思います。
まだ村八分にはならないんでしょうね。
私を助けてくれた方々の中にはその方に対する「思い」を感じるコメントもありましたから。